メディア芸術祭とMATに行ってきました

今年から3ヶ月に一度1週間のリフレッシュ休暇を取ることにしたので、 年末年始に16連休とってから1.5ヶ月しか経ってないけど火曜日から6連休をとってます.

で、人混み苦手な性分なので平日を狙って第17回文化庁メディア芸術祭 受賞作品展TOKYO MEDIA AMBITIONに行ってきました.

@ メディア芸術祭

eyecatch-1

メディア芸術祭は3年くらい前から行ってるのですが、 今年はマンガ部門とアニメーション部門の展示が多かった印象でした.

個人的に印象に残ってるのはアート部門優秀賞の「Dronestagram」です. 無人爆撃機によって攻撃された場所の写真をInstagram, Twitter, TumblrといったSNSに投稿していくというプロジェクトです.

一見すると無機質な衛星写真なのですが、なんとなく眺めているようで実は爆撃機と同じ視点で同じものを見ている状態、っていうのがなんか惹きつけるものがありました.

DSC01290_c__c_3c__c__-2

メディア芸術祭の後は六本木ヒルズのTOKYO MEDIA AMBITIONへ.

@ MEDIA AMBITION TOKYO

mat_eyecatch

RHIZOMATIKSの「physical presence」とかも良かったんですが、一番見てて気持ちよかったのは高木正勝さんの「うたがき」.

作品の作りとしては2003年の「girls」と同じような、実写に何重にもフィルタをかけたような作品でエチオピアの子どもたちの映像と音楽が観ていてすごく気持ちよかったです.

デジタルデバイスの役割

個々の作品とかイベントについては、ぜひ行って見てください.以上

で終わりなんですが、なんとなく思うところがあったので全然まとまってないけどメモ.

「Dronestagram」にしても「うたがき」しても作品そのものはデジタルな存在だったりするんですが、なんで自分の中で印象に残ったんだろうと考えていて、MITの石井裕教授(@ishii_mit)が講演で話されていたことを思い出しました.

スパッとキーワードで仰られたわけではないので要旨なんですが、

"HD映像などデジタルデータをいくら増やしてもそこに感動は生まれない.ピクセルの隙間に想像を膨らませた時に感動が生まれる"

こんな内容でした(自分的には).

その時は(講演の時期と違ってますが)WiiとPS3のゲーム機対決で高画質なPS3が苦戦を強いられたことが頭をよぎってました.(今はもう状況変わってWiiも失速してしまいました)

前置きが長くなったんですが、今回自分が観ていて心を動かされた作品もそういうところがあったんですね.「Dronestagram」は、見かけは衛星写真なのに無人爆撃機の視点ということで自然と空から地面を見下ろしている感覚で写真を観ていました.「うたがき」は眺めているだけだと実写からはかなり乖離のある謎な映像なんですが(ここは言葉で説明しづらい)、見ているうちに(素材である)走り回っている子どもたちの笑顔とかを頭のなかで補完してました.

どちらも視覚的作品なので、そこにインタラクションはないのですが、自分の頭の中で情報を補完したり自分なりの情報を付加して感じていたわけです.

作品から想像をふくらませるというのは別にデジタル作品に限ったものではないです.上記の石井教授の言葉は彼の好きな宮沢賢治の詩についての文脈から出たものでした. 延長線で言えば俳句とか短歌なんかも当てはまると思います. 五・七・五(・七・七) と言語の情報量に強い制約をかけた上で、それを読んだ時にその情景だったりシチュエーションを読み手に想像させます.

結局デジタルであろうが、アナログであろうがをの受け手が自身の想像を膨らませ仮想体験として受容できるかが大事なのかなと思います. もちろんリアリティを追求することでユーザーの体験値を大きくするというアプローチもあると思います.

で、ここで今の自分の仕事なり生活に戻ってくるわけですが、もはや当たり前となったiPhoneないしスマホのようなタッチデバイスでそれをどう与えていけばいいのかという問題が浮かんできます.

iPhoneの登場によってあらゆる体験がiPhone/タッチスクリーンを基点として行われるようになりました. 音声だったり映像だったりタッチ以外の要素ももちろんありますが、文字通りあらゆる経験が手のひらの中に収まるようになったことは事実です.

生活を便利にする、即ち効率化するという点で言えば生活の様々なイベントが一つの操作体系に集約されるというのは良いことだと思います.が、同時にユーザーのフィジカルな体験や情報も画一的で均質化されたものになってきているのではないかと感じるのです.

歴史的に見れば技術は人の負担を軽くする、作業を効率化するためのものでした、それが電話やテレビ、コンピュータ/インターネットの登場で人が扱える情報を増やす時代になったのかなと思います. そして将来より技術が技術として人の生活を"良いもの"にするためには、今のままではなく人の想像力を刺激する存在として意図的にシフトしていかないと行けないのかなと思いました.

もしかしたらすでにやっている人たちはいるのかもしれませんが、自分も一人の作り手としてそういう存在になりたい/ありたいと感じました. そんな日でした.

考えながら書いているので特にオチもなくまとめもないのですが、こういうことを考えるきっかけになるという意味で、たまにはアート作品に触れるのも良いですよね.メディア芸術祭はいろんなジャンルの作品が集まっているのでとても良いイベントだと思いました.